これ、すっごく重要なことだと思います。

世の中に関わる以上、サービスにしても生産にしても、何かしら表層をカタチづくる機会があるはずなんですよね。人と接するんですもの、必ず物体や表現に落とし込まずには、内面から外に打ち出す接点を設けられない訳です。
であるからして、そういった他人の手を通じた表層に触れ、それが対価となる。これが経済活動の基本として、人間はおそらくにして、表層からその作り手の意識を判別してる生き物だと思うんです。

それがかわいいのか、美味しいのか、やさしいのか。
形容されうる感情のバリエーション分だけ、モノには表情がある。

「モノ作りが楽しくあれ」というのは、そういう真意をついていることだと思うんですね。
楽しい中に生み出されるアイデアと、苦心の末にひねり出すアイデアには雲泥の差があって、それこそは間違いなく結果に反映されてくる要素。受け手側の無垢な視線に適うために戦々恐々な面持ちが必要かといえば、大方必要ない。そう考えます。

その感情がアウトプットに込められてしまう。そう道理づけられることを学んでしまえば、その手前にどういった心持ちで取り組むべきかはとてもカンタンなことだと思います。
必要の無い緊張感、見下す様な物言い、早合点は論外として、「さぁ、ご一緒に」と言ってしまえるくらいの、何かいろんな可能性を呼び起こしそうな空気感は、モノを作る現場、接点を生む状況においては必要だと思うなぁと、そう考えます。

短文に詰め込んじゃったかなwま、いっか。
それでも毎日バカばっかりふれ回ってるおかげで、今日もいいアイデアに巡り会えました(反省無し)。ちゃんと実現させて、接点に立つ人の「いいね」につなげて結果を紐つけられるといーな☆:)